第83夜 縁(えにし)の物語は出雲に始まり出雲に果つ…『八雲立つ』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第83夜 縁(えにし)の物語は出雲に始まり出雲に果つ…『八雲立つ

      2013/10/11

「“気”よ…!/大いなる気よ…!!/我に応えよ!/我に依り憑きてその力を貸せ!!」


八雲立つ 第7巻 (白泉社文庫 い 1-24)

『八雲立つ』樹なつみ 作、白泉社『LaLa』掲載(1992年5月~2002年7月)

 東京の大学生、七地健生(ななち・たけお)は、先輩に押し付けられた劇団の舞台取材のアルバイトとして島根県の維鈇谷(いふや)村を訪れる。たまたま親に持っていくよう頼まれた飾太刀を奉納しようと訪れた道返(ちがえし)神社では、土地の名家である布椎(ふづち)本家長男の高校生にして居合術の達人、布椎闇己(ふづち・くらき)が新たな宗主となるための秘祭、神和(かんなぎ)祭が催されていた。
 余所者は禁制とされる闇己の宗主襲名の儀式を、健生はふとしたことから覗いてしまう。布椎家は1700年も昔から、この地で巫覡(ふげき)として古代出雲族の怨念を鎮めながら、神剣を用いてこれを昇華させる時が来るのを待っていた一族だったのだ。闇己は前宗主である父から神剣・迦具土(カグツチ)を託され、道返神社より盗まれた残り6本の神剣を集め、出雲族の怨念を昇華させるよう言い渡される。
 健生と闇己、神代の時代からの因縁に結ばれた二人の波乱に充ちた探索行が始まる。

鍛冶師の末裔
 実はいま出雲に来ている。大学で民俗学を少しだけかじったこともあり、旅先に選ぶ時もそうした興味で決めることが多い。従って、そうした領域をモチーフにした作品も自分の好物の1つである。
 逆に言えば、単に上面だけを掠め取ったような作品には厳しい眼差しを向けることもないではないのだが、本作は根幹部分を緻密に調べており、更にそれを独自の設定とシームレスに繋げている。あとがき漫画のへっぽこ取材ぶりは、恐らく作者の謙遜と考えるべきであろう。
 その産物として、巫者とともに鍛冶師という職業を中心に据えたことが挙げられる。鍛冶師は、ミルチャ・エリアーデという宗教学者が重要視した概念だそうだ(本作中にも引用がある)が、これを漫画に取り入れるとなると、その説明を重視するあまり展開的に地味になってしまうリスクが高い。これを健生と闇己の“役割”に落とし込み、物語をすっきりと展開させる手腕は巧みである。

友愛の情
 とはいえ、上のような創作上の成り行きには頓着せずとも支障はない。本作で素晴らしいのは、何をおいても健生と闇己の関係性だと思う。2人の間には5歳の年の差があり、この年代の関係(高校生と大学生)として“熱い友情で結ばれる”というには少し違う。といって、腐女子各位が喜ぶような関係性では勿論ない。本編では、ときおり2人の祖先とも前世ともつかない2人を描いた挿話があるのだが、兄弟というわけでもなさそうである。
 それらを思うに、友愛ではないだろうか(某政党のお陰で、特にネット上ではこの言葉はイメージが悪いのだが、字面通りに理解して欲しい)。お互いを大切に思い、それでも1つに交わることはない。しかし、それゆえに時を超えてなお絆が強まる。少女漫画という制約の中、この清々しい物語が描かれたことは驚きである(それとも、少女漫画という枠組み故に、成立したものだったろうか)。
 シャーマニズム、民俗学といった事項に興味があれば、いっそう面白く読めるだろうが、青年2人の友情を描いた普遍性は、読者を選ばないだろう。

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