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第66夜 裏世界に咲き誇る、逸脱者たちの毒花…『職業・殺し屋。

      2013/09/13

「ああ…なんて卑しい仕事なんだ…」


新装版 職業・殺し屋。 1 (ジェッツコミックス)

『職業・殺し屋。』西川秀明 作、白泉社『ヤングアニマル嵐』→『ヤングアニマル』掲載(2001年8月~2010年1月)

 インターネットの奥底に存在するアングラサイト「職業・殺し屋。」。そこでは、依頼者が提示した金額から値段を下げていき、最安値を提示した者が競り落とす“逆オークション”によって依頼を受ける者が決まる。何の依頼か。人殺しの依頼である。
 どうしても殺さなければならない人間がいる依頼者と、快楽するために人を殺したくてたまらない職業・殺し屋たち。その利害の一致によって今日もサイトに依頼が書き込まれる。
 殺される側も、一筋縄ではいかない奴らばかり。そんなの社会のワルたちを、「職・殺」実力ナンバーワンを誇る「イカレた銀髪の蜘蛛」こと志賀了(しが・りょう)を始め、なみいる殺し屋たちが、殺して殺して殺し尽くす――。

闇に疼く官能
 本作の作者を最初に知ったのは『月刊少年ガンガン』である。『Z MAN』という作品を連載していたが、その時はあまり熱心な読者ではなかった。『Z MAN』は愛と勇気と友情のバトル漫画で、スケールの大きな大団円で幕を閉じた。
 時代が下り、大人になって本作を手に取った時、「ああ、なるほど」と思った。『Z MAN』とは似ても似つかない、どす黒い作品だが、こちらのほうが作者の本領なんじゃないか、と根拠もなく思ったのだ。恐らくは、自分にとって『Z MAN』が奇麗すぎたのだ。絶望に堕ちない気高かさをもったキャラクターの闘いぶりには胸が震えたが、しかし一点の汚濁もなく澄み切っていたことに対し、中二病まっただ中の自分は欺瞞を感じたのだと思う。反面、非道の限りを尽くす悪役に、「こいつ最悪だな」と思いながらも心惹かれたのも、中二病ゆえと云えるだろうか。
 翻って、本作はどうか。疾走感のある画風は『Z MAN』の頃と変わらないまま、暴力と呼ぶのすらまどろっこしい、「殺し」が縦横無尽に繰り広げられる(ついでに不必要なまでのエロスも濃厚に描写され、殺戮に色を添える)。
 そこには、かつて“キレる10代”という言葉が流行った時のような「なぜ人を殺したらいけないの」という質問すら、ない。むしろ「人を殺してなぜいけないの」という逆の意味の質問が返ってきそうだ。すがすがしいまでの反社会性と底抜けの逸脱的志向。その突き抜けた感覚があまりにも鮮烈で、しかし一転、人間の本性を捉えている気もして、自分は恐らく「なるほど」と思ったのだ。

勧殺懲悪
 とはいえ、殺し屋たちは無辜の人間を殺すことは殆どなく(全く、ではないところが恐ろしい!)、依頼はたいてい悪人を標的にしている。そういう話の構造から、町人が裏家業として悪人を殺す時代ドラマ、「必殺」シリーズが源流なのだろうと思われる。“仕事”といえば、「なんて卑しい仕事なんだ」という「銀髪の蜘蛛」の決め科白(?)は、「貴賎なし」のはずの様々な職業の中で、人を殺すことだけが普通ではないことを、自嘲しつつも恍惚を感じていることを表しており、味わい深い。
 「殺し屋」を冠する作品として、以前『殺し屋1』(第4夜)に言及したが、本作での殺し屋たちは、イチほどの深刻さをまとっていない。殺しに付随する異常性欲者は山ほど出てくるが、それを気に病むこともほとんどない。それほどまでに壊れた人々が、同じように壊れた人々を殺す物語、そう云うことも可能だろう。それは、もはや通常の社会的価値観の遥か彼方で行われる、ただ殺害という行為だけを通貨とする断罪の営みなのかもしれない。
 一旦は連載終了したものの、2011年に『新 職業・殺し屋。斬 ZAN』として早くも連載を再開している。いつでもどうぞ、とは云えないが、心に余裕のある時に、この“勧殺懲悪”の美学を愉しんでもらいたい。

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