漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第59夜 真の自由を問いかける、古代の拳闘…『拳闘暗黒伝セスタス

      2013/09/13

「アップライトのベタ足/右拳は槍/左拳は盾/古代拳闘には体重(ウエイト)制も回戦(ラウンド)制も存在しない/採点(ポイント)制の判定など概念さえ無かった/時間無制限・完全(K・O)決着が唯一の掟(ルール)だ」


拳闘暗黒伝セスタス 1 (ジェッツコミックス)

『拳闘暗黒伝セスタス』技来静也 作、白泉社『ヤングアニマル』掲載(1997年12月~2009年3月)

 紀元54年10月13日正午。豪雨の中、ローマ帝国はわずか17歳の新帝ネロを迎えた。後に暴君として君臨することになるこの若輩皇帝の即位と同刻、ローマ郊外の奴隷拳闘士養成所では拳奴となるための最終選考が行われていた。
 15歳の小柄な少年セスタスは、同じく奴隷身分の師ザファルの教えを守り、悲しい勝負の末に拳奴としての人生を歩み始める。さっそく組まれた試合のため訪れた帝都で、彼は師の膝を再起不能にした男の子息で総合格闘術パンクラティオンの天才、ルスカに出会い、種目は異なるものの、2人はお互いを強く意識しだす。
 皇帝ネロもまた、自分と同じ位の年のセスタスとルスカに興味を持っていた。1人は皇帝、1人は貴族の子、1人は拳奴。立場の異なる3人の若者の生涯は別離と交錯を繰り返していく。未熟な体格など顧みられることなく、敗者になれば即刻処刑される古代の拳闘に勝ち残り、セスタスが自由を手にする日はくるのだろうか――。

古代VS近代
 作者の技来静也は、拳闘というキーワードにこだわりがあるようだ。デビュー作の『ブラス・ナックル』では西部開拓時代を舞台に、吸血鬼と拳闘で渡りあう男を描いて見せたし、本作では綿密な取材によって古代ローマの拳奴の生活を描き出している。
 それにしても不思議な作品だ。純然たる歴史漫画ではない。古代ローマ帝国の壮麗さと、拳奴たちを始めとした奴隷階級の闘いの血生臭さが、大半は史実に忠実に綴られながらも、そこには創作された要素が巧妙に差し挟まれている。
 主人公セスタスの拳闘スタイルが創作の最たるものだろう。幼く体格的にも恵まれないために、彼が当時の体格勝負のスタイルで闘っては敗北は目に見えている。そこで師匠ザファルの教えによって、クリーンヒット&アウェイを重視する近代的なスタイルを目指すこととなる。ここに、古代拳闘VS近代ボクシングという構図が現れる。選手たちの様々な好対照による闘いを演出した『バキ』シリーズ(第14夜)であっても、抜き身の刃をぶつけ合うような古代の拳闘VS武技の洗練が到達した近代ボクシングという対戦カードは用意できなかった。この“ドリームマッチ”を紙上で実現し、更にルスカという、総合格闘技を振るう格上のライバルを登場させることによって、単なる古代と近代の二項対立で終わらせず、セスタスのスタイルに発展の余地を残したところが巧みである。

“壁”と自由
 同時に、人間社会が普遍的に抱えているであろう、自由とそれを制限する“壁”について、主にセスタス、ネロ、ルスカという立場の違う3人の少年を通して描いている点が、本作を格闘漫画以上の次元に押し上げている。最下層の拳奴から帝国の最高権力者まで、形は異なれど“壁”に直面し苦闘する様は、カタルシスに乏しく苦味がありながらも、読者によっては目が離せない悲劇の魅力を湛えたものに映るだろう。
 この感触は、同じ掲載誌で連載しており、本作の作者がアシスタントをしていたこともある旧友、三浦健太郎の『ベルセルク』と通じるものがある。いずれも絶対的に固定された状況に対し、あがく人間を描いた作品だ。併読することにより発見される通奏低音もあるかもしれない。
 本作は単行本全15巻としていったん終了しているが、続編として、『拳奴死闘伝セスタス』が2010年5月より連載されている。ペースがゆっくりなのが残念だが、闘技場での死闘と併せ、彼らのあがきの行く末を見届けたい。

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