漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第36夜 踊りましょう、ご一緒に、最後まで…『さよなら絶望先生

      2014/01/04

「♪ね――こ――の毛皮着る――/貴婦人のつくるスウプウウ―/お――ば――あさんの/いなくなぁた/住宅――街――に肉――」


さよなら絶望先生(1): 1 (少年マガジンコミックス)

『さよなら絶望先生』久米田康治 作、講談社『週刊少年マガジン』掲載(2005年4月~2012年6月)

 名前からして敗北感に溢れている高校教師、糸色望(いとしき・のぞむ)は、名前通りの超ネガティブ思考の持ち主。世間のあれやこれやを持ち出しては絶望し、首を吊ろうとしては本当に死にそうになって慌てるというような毎日を送っている。
 超ポジティブ思考の風浦可符香(ふうら・かふか)を始め、望が担任する“2のへ組”の主に女生徒は個性派ぞろい。引きこもりにネット弁慶、ストーカーに腐女子に帰国子女。加えて毎度出てくるヘンな集団、ヘンな場所、ヘンな催し。それらは現実社会を反映するゆがんだ鏡だ。そんな周囲のせいで、めんどくさい先生が余計めんどくさくなって、今日も今日とて絶叫する。「絶望した!」
 マンネリ化した彼と彼女たちのやり取りは続く。どこまでも。本当に? いつまでも――。

タフな風刺精神
 週間連載で10数ページにわたって風刺漫画を書くのはなかなかに大変な作業だと思う。時事ネタに通じていなければならないし、何よりそれらを的確にいじれなければ面白いものにはならない。数度にわたってアニメ化もされた本作はその両方が高いレベルで維持されている、稀有な例であろう。
 “原作通り”“進路絶望調査”などで社会の歪みを照らし出す独特の風刺精神は、作者の前作『かってに改蔵』から培われ、洗練されてきている。ジャ○ラッ○やディ○○ーの目を軽くかわす作画テクニック(というよりも表記の仕方のセンスと云うべきか)は名人の域である。
 作者自身、生前葬を済ませたというリアル絶望先生ぶりの根っこには、幾多の修羅場をかいくぐってきた者だけが持ち得る不屈の風刺精神が息づいているに違いない。恐らく、だが。

本気と見せかけて嘘と見せかけて本気
 基本的には1話完結型の風刺/ブラックコメディという体裁で作品は続いていくのだが、それだけと思って安心してはいけない。
 本作は、悲劇である。喜劇でもある。だが最も適切な言葉で云えば愛の物語である。絶望先生のモデルの1人と目され、“文学→自殺”という固定概念を打ち立てた偉大な先駆者、太宰治の表現を模して云うならば、“誰もが仮面をつけて、お道化を演じているようなものなのです。お気をつけなさい”とでも云うのだろうか。そこが劇物のような魅力である。表面的には社会風刺、その内奥に濃厚に漂う死の匂い。それらを併せ楽しんでこその本作だろう。コミックス30巻、全300話に及ぶ長期連載作品だが、序盤から終盤までは肩の力を抜いて古新聞で当時の時事ネタを拾い読むように、そして、最後の数話については、綺麗な悪夢を読むように、楽しまれたい。

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