第197夜 孤独の夜を越えて、愛しい風よ吹け…『神風怪盗ジャンヌ』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第197夜 孤独の夜を越えて、愛しい風よ吹け…『神風怪盗ジャンヌ

      2015/02/19

私は強い/だからひとりで大丈夫/だけど 「……っ」 だけどね/ほんとうは―――… 「ずっと“勇気がほしかった”…/逃げ出さずに朝を待つ勇気…/自分の心と向き合う勇気…/誰かを信じて頼れる勇気が/ほしかった…」


神風怪盗ジャンヌ (1) (りぼんマスコットコミックス (1100))

『神風怪盗ジャンヌ』種村有菜 作、集英社『りぼん』掲載(1998年1月~2000年6月)

 容姿端麗にして成績優秀、新体操部でも活躍する高校生、日下部まろん(くさかべ・――)。彼女には秘密があった、夜ごと巷を騒がす絵画専門の怪盗ジャンヌとは、すなわち彼女の変身した姿なのだ。
 しかし、彼女の盗みは私欲ではない。準天使を名乗るフィン・フィッシュから、自分がかのジャンヌ・ダルクの生まれ変わりだと告げられた彼女が盗むのは、魔王によって絵画の中に潜まされた悪魔たち。遥か昔から世界を手に入れようとしてきた魔王が、神の命の源たる人間の「美しいと思う心」を蝕むために放ったそれら悪魔を“チェックメイト”して回収し、失われつつある神の力を取り戻すことが、彼女の使命なのだ。
 マンションの隣室に住む親友にして刑事の娘、東大寺都(とうだいじ・みやこ)に追われつつ使命をこなすジャンヌ=まろん。そんな彼女の前にある日、名古屋稚空(なごや・ちあき)と名乗る少年が現れる。「俺とつきあわない?」と軟派な態度をとる稚空に、まろんは困惑する。さらに、ジャンヌの前には黒天使アクセス・タイムと行動を共にする謎の怪盗シンドバッドが現れ“チェックメイト”勝負を挑んできて、彼女の日々は俄かに波乱含みに。
 徐々に稚空に惹かれ、「君に怪盗をやめさせたい」と云うシンドバッドと共闘することもありながら、まろんは他人を信じきれない。そこには彼女の哀しい生い立ちが影を落としていた。さらに、高校教師、紫界堂聖(しかいどう・ひじり)や悪魔騎士ノインの登場により、まろんとしてもジャンヌとしても彼女は動揺を深めていく。
 そして明かされる真実。打ちひしがれた彼女を、彼らはそれぞれの在り方で見守る。ある孤独と愛をめぐる戦いの、最終局面が近づいていた。

“もう1人”の女の子
 これまでもたびたび書いてきた(第12夜第51夜)が、自分の少女漫画経験は妹によるところが大きい。この漫画についても同様である。
 前作『イ・オ・ン』に引き続き、流麗でありながらヴィヴィッドな画で描かれたこの漫画を、自分は当初まずまずといった印象で読んでいた。親友が警察関係者(ただの刑事の娘だけど)だったり、正体を隠した者同士の恋模様があったりと、“怪盗もの”の王道的設定を踏まえながら、“ジャンヌ・ダルクの生まれ変わり”、“魔王に対抗するために絵画にとりついた悪魔を回収する”といった要素は先行の『セーラームーン』の系譜に連なりそうでもある。そういうハイブリッドという意味も含めて、巧く企まれ、手堅く作られているというイメージを抱いていたのだ。
 しかし、読者は割と早いうちから、この漫画が目指しているのが、1話完結形式の怪盗ものでもなければ、ただのバトルものでもないことに気付くだろう。「私の世界に住んでいる1人の不幸な女の子を幸せにしてみようと思った」。作者がそう書いている(「トビラ絵コメント&各話について[2]」より)通り、この漫画は、何より孤独に苛まれた少女の苦しさと足掻きと、やがて「めでたし」を掴むまでの道程を描いたものだ。
 この「女の子」とは、普通に考えれば主人公のことを指すだろうし、そう考えて不整合はない。が、作者が「女の子」としか書いていないところに自分は深読みをする余地を見る。
 この「女の子」の候補者はもう1人いる。その“もう1人”すら含めたダブルミーニングではないかと自分は思うのだが、どうだろうか。ともあれ、表面的な綺麗さに似合わず、根源的なテーマに真剣に取り組んだ漫画であることは確かだろう。

“神風”の謂い
 そういうテーマを描く時(あるいはどんな種類のテーマでもそうかもしれないけれど)、作者がとる立場は概ね2つだろう。つまり完全に神の視点となって物語を構築するか、あるいは自分の経験に即して作劇するか、である。
 単行本のページの端々に書かれた文章を読むに、この漫画の作者は、前者であろうとしながらも、ついに後者であったように思える。連載当時20歳そこそこだったことも大きいだろう。始めは冗長に、しかし次第に直截になっていく作者の言葉は、やがて作中のまろん=ジャンヌの打ち沈んだモノローグと緊密にシンクロしだす。読者はそれをどう受け止めたらよいだろう。
 作品と作者とは、もちろん別物ではある。作者のバックグラウンドを過度に考慮して作品を読むことを邪道と云われれば否定はしない。しかし一方で、作者の個人的経験は作品の空気に色濃く反映され得るし、それによって作品に特異な引力が生じることもまた、あると思う。そのことを、とてもドラマティックに、しかも野暮にならないぎりぎりのラインで示したのが、この漫画なのだと思う。
 意外性のある中盤を有した“よくできた作品”であると同時に、作者とまろんの言葉が重なって“神の風”(それは、決して戦前の軍国主義的意味合いなどによるものではない)を謳うラストは、「創作物」とか「現実」とかいう枠を超えて読む者の心に響くだろう。通常版に加え、後に完全版、文庫版が出版されており、もちろん後続の版には相応の特典もあるが、上述のような作者と物語の共振を味わうという意味では通常版をお勧めしたい。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全7巻。作者によるコメントふんだんにあり。電子書籍化済み(カラー版あり)。

☆完全版…A5判(21 x 14.6cm)、全6巻。書き下ろしカバー・カラーピンナップ、本誌掲載時カラーページ・カラー扉再現、本誌表紙・付録カラーイラスト収録(部分)、制作秘話(1~5巻)、描き下ろし短編(6巻)収録。

☆文庫版…文庫判(14.8 x 10.8cm)、全5巻。巻末書き下ろし、完全版描き下ろし短編+文庫版描き下ろし短編。

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