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第195夜 個人教授は軽く甘く、しかし数値的には厳密に…『マンガ 化学式に強くなる さようなら、「モル」アレルギー

      2015/01/16

「プラスの電荷を持つナトリウムイオンとマイナスの電荷を持つ塩化物イオンは静電気の力でお互いに近づいて……/引き合って結合する」「結合……」「うん」「そして……/白いものができる」「まあ……」「塩だ」「塩? 塩を出してどうすんのよ/ああもう! ムードもへったくれも!」


マンガ 化学式に強くなる―さようなら、「モル」アレルギー (ブルーバックス)

『マンガ 化学式に強くなる さようなら、「モル」アレルギー』高松正勝 原作、鈴木みそ 漫画、講談社ブルーバックス(2001年6月)

 女子高生の幸(さち)は理科が大の苦手。特に化学は、学校の授業に呪詛を投げるほどの嫌悪ぶりだ。見かねた友人の由子(ゆうこ)は、幸にある提案を持ちかける。
 それは、理系の大学を出てつくばで研究者をしている自分の兄に、化学の個人レッスンをしてもらうというものだった。屁理屈屋のヲタクに違いないと踏んで渋る幸だったが、「そんなにひどくないってば」という由子の言葉に、ひとまず会ってみることに。
 待ち合わせ場所の花火大会に現れた由子のお兄さんは、すらりとした体型に物腰の柔らかな眼鏡男子だった。花火の色(炎色反応)について颯爽と論じるお兄さんに幸も満更でない様子。しかし、妹の由子はこうも云った。研究一筋で色気がない“つくばの人”だ、と。
 そして始まる個人レッスン。お兄さんの部屋での講義や実験はもちろん、ボートに乗ったり山に登ったり、プールやテニスに出かけることも。そんな傍から見れば恋人同士みたいな日々だけど、どこでも話題は分子量やモルのことばかり。
 やきもきする幸と、ちっとも気づかないお兄さん。2人の行方は? そして肝心の幸の化学の理解は――?

“例えば”のセンス
 モルという単位を知ったのは、高校1年の頃に生物の実験でだった。もはや実験の内容はすっかり忘れてしまったが、教師がモルの説明にみっちり1時間を費やし、それでもピンとこなかったことは憶えている。
 文系だったこともあり、自分はモルについては結局それきりで、化学を履修せずに卒業した。自分にとってそんな程度の縁のモルだが、その理解を謳ったこの漫画が出た時、大学の書籍部でふと手に取ったのは、習わなかった化学(とモル)に対するリベンジという気持ちがあったのだと思う。
 もちろん、漫画を手掛けているのが鈴木みそ氏である点も大きかった。既に『あんたっちゃぶる』や『おとなのしくみ』など、いわゆる『ファミ通』界隈で業界ネタ(しかもお色気混じり)という“大人の”漫画を主に描いてきた作者が、メインターゲットが高校生であろう題材をどのように料理したのか、そんな興味もあって頁を繰った。
 はたしてそこには、鈴木みそ的なセンスと、例の写実と省略のハイブリッドな作画で展開される学習漫画という驚異が現れていた。
 構成としては、“先生役のお兄さんが女子高生にモルを主体とした高校化学の基本を手ほどきする”という、特にひねりのないものではある。しかし、式や図に加え、あまり真面目な生徒ではない幸が「例えば…」とか「…ようなもんか」と想像する、そのセンスが出色だ。原作を理解しコマを割るまで5年かかった(本書中「漫画家のあとがき」より)という鈴木氏の労力の賜物だろう。いまだにAmazonの「化学一般関連書籍」カテゴリでベストセラー1位を張ることもある(2015年1月12日18時現在)のも、この“例えば”のセンスによるところが大きいのではないだろうか。

不純だから面白い
 この漫画の「学習」としての側面について述べたが、それでは「漫画」としてはどうだろうか。
 主に高校生以上を対象とした「漫画で学ぶ○○学」の類は、この漫画以前にも多くあったと思う。が、風刺画めいた画風をした海外本の翻訳だったり、ストーリーが添え物程度だったり、“イラスト付き参考書”の域を脱していなかったりと、漫画としては、少なくとも自分にとって物足りないレベルだった。
 第一、それらは純粋過ぎた。この「純粋」とは、アクが無いというか、無味乾燥というか、そんなニュアンスである。例えばこの漫画が「純粋」ならば、お兄さんは“つくばの人”ではないだろうし、幸もこれほどコケティッシュではなかっただろう。というか、「色気をちょっと教えてやって欲しい」というモノローグなんて、そもそも出てきようがない。
 逆に云えば、物質の「同定」とかけての「童貞」やら、「勝負パンツ」やら「ホテルの前で休憩」などというネタを展開するこの漫画は、不純ということになる。実際、そんな言葉が頻出する学習漫画はそうそうないだろう。
 しかし、その不純さこそが面白味だと思う。ついでに云えば、「眼鏡男子」とか「理系男子」などという言葉なんてまだ存在していなかった(あるいはごく一部では囁かれていたかもしれないけれど)時代、『電車男』(2004年)よりも早く、ヲタク系で朴念仁なお兄さんとフツーな女子高生の風変りな交感が描かれたことは、実はかなり先進的だったのではないだろうか。ちなみに、この漫画のおよそ7年後、同じように鈴木氏が漫画を手掛けたブルーバックス『マンガ 物理に強くなる―力学は野球よりやさしい』も刊行されており、やはり「学習」と「漫画」が両立された1冊だが、この『化学式に強くなる』のインパクトと完成度には一歩及ばないというのが私見である。
 講談社ブルーバックス全体としては、近年(2010年頃)になって俄かに漫画ものの点数を増し、先だって言及した『マンガで読む「分かりやすい表現」の技術』(第169夜)などユニークなものもある。が、分かりやすさと尖った感覚が共存する稀有な学習漫画として、本作の独自性はやはり忘れ難い。

*書誌情報*
☆通常版のみ…新書判(17.2 x 11.2cm)、全1巻。

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Comment

  1. さつま より:

    お久しぶりです。なかなか懐かしく興味深い漫画の感想を書かれているので、コメントさせて頂きます。

    私は中学生の時、たまたま父が気まぐれで買ってきたこの漫画を読みました。正直一読しただけではモルの概念は中学生にはわかりませんでしたが、ご指摘のような学習漫画にあるまじき色っぽいストーリーに惹かれて、何度も読み返すうちに徐々に内容も理解していった記憶があります。

    この漫画のおかげで化学は得意科目になり、あさりよしとおの『漫画サイエンス』も小学生から愛読書だったことも手伝って、理系の道を選びました。

    私の思春期の人格形成に影響を与えた漫画の一つです。今も売れているというのは嬉しい情報ですねぇ。

  2. 100n100r より:

    さつまさん

    お久しぶりです。
    コメントをチェックしていなかったので今の今まで気付きませんでした。すみません。。

    実際のところ、この漫画を一度読んだだけではモルを理解するのは難しいですね。でも入口としては最適でしょう。
    参考書らしからぬやり取りが、逆に参考書としての息の長さに繋がっているというのも妙味があっていいですよね。今も版を重ねているみたいです。

    自分も中学までは結構な科学少年だったので、学研の『科学』を読んでました。『まんがサイエンス』についても、そのうち触れたいものです。

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