第194夜 可憐な悪夢と、凄惨な現実を、その日記に…『アノネ、』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第194夜 可憐な悪夢と、凄惨な現実を、その日記に…『アノネ、

      2015/01/12

「誕生日にもらった鍵つきの日記帳は/秘密の扉みたい/床におくと鏡にもなるの/のぞきこむと/未来がみえる」「花子/花子/どうしてこんなことに」「太郎さん/太郎さん/あのね――」


アノネ、(上)

『アノネ、』今日マチ子 作、秋田書店『エレガンスイブ掲載(2011年2月~2013年4月)

 自由の国、邦照国(ネーデルランド)。しかし、宗主国である新制帝国は“東方狩り”と呼ばれる人種隔離政策を開始する。
 東方系である浅田花子(あさだ・はなこ)と姉の真子(まこ)、両親たちの一家もその対象となり、彼らは父親の会社の屋根裏に隠遁して生活することとなる。物音一つが致命的となる日々の中、花子は「あのね、」という書き出しで日記をつける。
 その鍵付きの日記帳に向き合う度、花子は扉の無い真っ白な部屋を幻視する。そこに閉じこもる少年、太郎(たろう)は、花子が闖入してくるたびに彼女を脅し、虐めるのだった。
 性の目覚め、同居することになった藤原一家の少年、浩(ひろし)との仄かな恋、そして姉との確執。しかし、それらは全て、ある日突然に霧散する。
 花子たちが移送された収容所は、夥しい死に満ちていく。それでも、女優の原麗子(はら・れいこ)と出会い、自らを“物語の主人公”と信じて、花子は懸命に生きようとする。
 一方、支配的な父親に虐待を受け続ける太郎は、暮らしの中で孤独を深める。それは、独裁者への道程へと繋がっていくのだった。
 角砂糖のように甘く白い部屋の中で続く、出逢うはずのない花子と太郎の逢瀬。そして、過酷な日々。解体された物語は、どこへ向かうのか。

ひそめた声の恐ろしさ
 大学の卒論で、ナチスの強制収容所でのロマ(現在では差別用語とされる以前の云い方ならばジプシー)の人々について調べた友人がいた。当時の自分にとってその辺りの知識といえば、小学生の頃、小学館の学習雑誌の付録に掲載されたアンネ・フランクの読切漫画が印象的だったくらいなので、何冊もの重々しい文献に囲まれ、自分が収容所に入れられる夢まで見ながら仕事に没頭する友人を、畏怖と尊敬半ばする思いで見ていたことを憶えている。
 自分が読んだその漫画は、たしか当時おまじないを題材にした女子向け漫画『チャーミーぷっぷ ビビデ・ダビデ・Boo!』を連載していた高瀬直子氏による付録本だった、と思う(ちなみに高瀬氏は後に小学館の「学習まんが人物館」というシリーズでも『アンネ・フランク』を手掛けている)。高瀬アンネは小学生向けに描写を抑えてあるものの、屋根裏の隠れ家からヴェステルボルク、アウシュビッツ、そしてベルゲン・ベルゼンと3つの収容所を経て命を落とすという史実には忠実なものだった。高瀬氏の連載作品の雰囲気が明るいものだったし、その登場人物と同じく冒頭でのアンネも天真爛漫に描かれていただけに、10歳そこそこの自分は衝撃を受け、この付録本を何度も読んだ。
 その高瀬氏のものよりもっと淡く簡素な画で綴られた、アンネではない花子の物語を、自分は10歳の頃と似た慄きを覚えつつ読んだ。日常の地続きとして、ある種類の人間たちだけが排除されるようになること。隠れ住むものの、閉鎖状況での生活は抑制されていた家族への反感を呼び起こしていくということ。そして老若男女の区別なく、人が殺されていくということ。そのどれもが単純に恐ろしかった。
 作者の今日マチ子は、この漫画に先立って戦時下における沖縄の少女を描いた『cocoon』の後書きで「こどものころ戦争がとてもこわかった」と書いている。そんな風な、少女の曖昧で無条件な怯えが形作る世界は、華奢で繊細で、しかし酷薄だ。そのひそめた声が語るかのような悲惨さに、したり顔で解説するような“大人の分別”は無意味に思える。

角砂糖と飴玉と夢の永遠性
 しかしながら、この漫画は単にアンネ→花子という単純な翻案で留まってはいない。作者は、同じようにブレザー姿の太郎として転生した“総統”と花子の邂逅という悪夢を仕掛ける。
 きわめて夢幻的に描かれるその交感は、模糊としており確たる解釈は難しい。ただ、2人の出会いは、史実から逸脱した何らかの“救い”を読者に期待させるものでもあると思う。
 少女的なイラストを描くのが好きなことを父に貶され、周囲に疎外され、暴走を始める太郎の心を、“殺された人たち”という匿名さではなく花子という“名の有る少女”の存在がかきむしる。「どんなに逃げても、史実から逃れることはできない」。そう作者は云うけれども、読者は、自分が知る“史実”とはどこかで何かが異なるのではないか、という僅かな希望を持ち続けながら読み進めることになるだろう。
 さらに、幾人かの人物による「脇役」「主人公」ということについてのモノローグや、花子がつける日記と同じような装丁が施されたこの漫画本自体が示すように、「これは虚構である」というメッセージが、物語に最後の飛躍を与える。夢の中で、自分は死んでも視点が死なないのと同じように、永遠に太郎と花子の時間は終わらないのだろう。
 テーマ的にも構成的にも、読むTPOを選ぶ漫画であることは間違いない。しかし、アンネ・フランクをめぐる史実と作者の夢想の混淆による味わいは絶妙だ。じっくりと味読するのをお勧めしたい。

*書誌情報*
☆通常版…A5判(21.2 x 15.2cm)、全2巻。電子書籍化済み。

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