第184夜 ズレとは、絶望であり希望でもある…『となりの怪物くん』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第184夜 ズレとは、絶望であり希望でもある…『となりの怪物くん

      2014/08/03

「ハルのお陰で私は2倍忙しくなった/私のことだけじゃなくて/私以外のことも考えなきゃいけなくなったから」[他人(ひと)と関わる限り/傷ついたり/傷つけられたり/それでも/ひとを求めてしまうのは]「…まあ/しかたないか/きっと/そういうものなんだろう」


となりの怪物くん(1) (KC デザート)

『となりの怪物くん』ろびこ 作、講談社『デザート』掲載(2008年8月~2013年11月)

  高校に入学したばかりの水谷雫(みずたに・しずく)は、年収一千万を目指して勉学に励む少女だ。ダメ人間気味な父と、その代わりに外に出て働く母を見て幼少の頃から育って来たからかもしれない。勉強以外には関心が薄く、生き物が苦手ということもありクラスで孤立することもしばしばだったが、それも大して気にしていなかった。
 そんな雫はある日、担任から隣席という理由だけで、不登校の要注意人物、吉田春(よしだ・はる)の元にプリントを届けるよう仰せつかる。初めて会ったハルは、友達を作りたいと思いながらも常識のなさと無駄に強い腕っぷしのために孤立している少年だった。
 ハルの独自の思考回路によって気に入られた雫は、いきなりの告白を受ける。が、ひとまずそれは置いておいて、学校に来るようになったハルの斜め上を行く明晰さによる奇行と些細なトラブルで出てくる暴力に、雫は嫌々ながらも世話をやくことに。
 冷血少女と超問題児という2人にも、徐々に周囲との繋がりは出来る。美少女だがそれが原因で孤立し、友達を渇望しつつもネット上で独自の世界観を築いている夏目あさ子(なつめ・あさこ)や、野球部で人当たりのいい性格の佐々原宗平(ささはら・そうへい)といったクラスメイトとも仲良く(?)なり、雫とハルの微妙にヘンなコミュニケーションは続いていく。
 更にはハルの兄、優山(ゆうざん)、2人に奇妙なライバル意識を持つ海明学院のエリートのヤマケンこと山口賢二(やまぐち・けんじ)とその妹の伊代(いよ)、密かにハルを慕う委員長の大島千づる(おおしま・ちづる)たちの登場で、雫とハルの関係は一進一退ながら変化していくことに。そして、なぜ冷血なのか、なぜ怪物なのか。2人がそれぞれ抱えた孤独の本当の意味に、気が付く時も近づきつつあるのだった――。

それ以前の問題として
 ネット上の某質問サイトなど見ていると、10代の質問としてけっこう見られるのが「友達の作り方を教えて下さい」的なものである。自分の中高生時代を振り返ってみると、あまりそういうことを考えたことがなかったので不思議な感じではある(とはいえ自分も、この漫画のササヤンみたいに友達が多かったわけではなく、むしろ少なかったと思うのだが)。まあ、当時はインターネットがそこまで卑近でもなかったし、いま自分が中高生だとしたら、同じようなことをするのかもしれない。
 集団で孤立した人間が、どう人と触れ合っていくか、ということがこの漫画のメインテーマであることは疑いがない。作者は「「これは恋愛漫画なんだ」と自分に言い聞かせて物語を考えていた(2巻袖コメント)」そうだが、幸か不幸か、やはり恋愛漫画という以上に、孤立とそこからどう人と関わっていくかという漫画だと思う。
 もちろん恋愛要素が無いわけではない。雫とハルの関係は“三歩進んで二歩下がる”を地でいくようなグダグダぶりながら物語の核として在り続けるし、あさ子やヤマケン、大島さんといった人物たちがそこそこメリハリのある人間関係を形作る。しかし、仮に三角関係的な事態になっても、そこには例えば『星の瞳のシルエット』(第101夜)のような激しさがない。物語の構造から、自分はやはり津田雅美『彼氏彼女の事情』(第67夜)を想起するが、『カレカノ』がタイトル通り“彼氏-彼女”という関係を前提にしているのに対して、この漫画の恋愛とは、“彼氏-彼女という関係以前”のものなのだ。
 そこを踏まえれば、この漫画の恋愛要素は、人と人(それは必ずしも男女という関係だけではない)の対話の結果、分かり合ったり分かり合えなかったりするシーンの呼び水としての意味が強いように思える。
 恋愛よりも友情の方が、むしろこの漫画の本性に近いのかもしれない。あさ子の云う“女子の友情”、ササヤンが体現する“男子の友情”と、それぞれの友情が示されるが、やはりクローズアップされるのは友達になった者同士の関係ではなく、それ以前の状態での“共感のできなさ”を含んだやり取りなのだ。
 そうした彼氏-彼女以前、友達以前の2人がぶつかる対話シーンは、時として痛烈だ。コミュニケーションにおいて、素直さの大切さは誰もが知るところだけれど、誰もがただちに実践できるわけもない。些細なプライドが邪魔をし、プライドが邪魔して出た言動は相手を傷つけることもある。これは、安易に「彼氏彼女」とか「友達」というカテゴリーを適用しない、そんな不器用で誠実な人々の物語なのかもしれない。

そのズレを軽やかに笑う
 そうはいっても、全体的なノリはかなり軽妙なので、その狂騒にメインテーマは巧妙に隠されてしまう。というよりも、見せ方の形が違い過ぎて、読者はすぐには気付かないと云うべきか。
 登場人物それぞれが持っている常識がかなり違っているので、コミュニケーションが成立しているようで微妙に食い違っているというシーンが再三繰り返される。これは雫とハルの関係だけでなく、恐らく作中のあらゆる人間関係に云える。シビアに描けばそれは、「哀しいことに、人と人とは完璧には分かり合えない」ということになるが、それを面白味として扱うことで救いとしている。そしてお互いの思考の結果として表面化してくる言動がまた、“当人の中では理路が通っているが表れてきた部分だけ見れば奇妙”という可笑しみを誘う。結果として、その言動を受けたもう一方は「………?」という吹き出しを浮かべることになるのだ。
 思えば、個々の経験や知識や発想が違えば思考が違うのは当たり前なのだ。この漫画は、含み笑いでもしながら、静かにそれを指摘する。そしてその含み笑いは、悪意があるものではない。
 有名作なので当然多くの人に読まれていると思うが、それでもやはり、友達の作り方を相談する年代の人々に男女問わず読んでほしい作品である。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.2 x 11.4cm)、全13巻(ラスト1巻は番外編集)。電子書籍化済。

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