漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第176夜 夢現と血まみれの刃の向こう、優しさの咲く…『竹光侍

      2014/07/31

「要するに、今の某(それがし)に刀は無用。」「大事な子を一人忘れておいでだよ、お前様」「ん……/見慣れぬ子だな……」「覗いてごらんな、ふふふふふ…」


竹光侍(1) (ビッグコミックススペシャル)

『竹光侍』永福一成 原作、松本大洋 作、小学館『ビッグコミックスピリッツ』掲載(2006年8月~2010年3月)

 江戸のかたぎ長屋。元は岡っ引きの親分である与左衛門が差配(さはい;世話役のこと)を務めるこの長屋に、信濃者の浪人、瀬能宗一郎(せのう・そういちろう)はやってきた。
 当初こそ住人たちから訝しげな視線で見られた宗一郎だが、狐を思わせる顔立ちながも柔らかな物腰と誠実な態度、甘味を好み、蛸や蝶を飽かず眺める無邪気さもあって、次第に信頼を得、溶け込んでいく。特に同じ長屋に住まう大工の倅、勘吉(かんきち)とは、歳の離れた友達関係を築くのだった。
 楊矢場の矢取女で宗一郎と同郷のお勝、旗本の三男で我が身を持て余す御輿大三朗(みこし・だいざぶろう)といった知己を得、与左衛門の口利きで手習所の師匠も務め始めた宗一郎。しかし、そんな彼の穏やかな生活のそこここに、血なまぐさい亀裂は走る。
 父より仕込まれた剣術の腕と、なによりも自身の性により、宗一郎は戦いを呼び込む。それは、国許からの刺客という形をとって彼を襲うのだった。木久地(きくち)真之介と名乗るその刺客は、「何(いず)れ、お前を斬る」と囁く。
 なぜ自らが狙われるのか、それすら明らかでない宗一郎が、それでも願うのは自分の内に住まう鬼を消し去り、平穏を生きること。愛刀「國房(くにふさ)」を質に入れ、竹光を差してまで望むその願いが、叶えられる時は来るのだろうか。質屋の奥で「國房」はため息を吐き、血の臭いを嗅ぎ取った猫は、街を出る決意を固めるのだった−−。

極限空間
 そもそも自分の武道への興味の発端は往年の格闘ゲームだったわけだが、そのうち侍を扱った作品として、やはりSNK(現SNKプレイモア)『侍魂(サムライスピリッツ)』シリーズは最高峰だと思う。単に武器を用いた勝負を格闘ゲームとして再現する以上に、キャラクターの敗北を明確な「死」として表現する方針は、まさに侍たちの真剣勝負を具現化していた。
 その『侍魂』の第3作にあたる『斬紅郎無双剣』では、「極限空間」なる演出があった。これは、マッチポイントとなる戦い(2本先取であれば1本ずつ取っての3本目)で両者の体力が残り僅か、すなわち“必死”の状態になった時に現れる演出で、それまで現実的だった背景がネガポジ反転のごとく豹変し、饒舌だったBGMも止んで奇妙な静寂が訪れるというものだ。まさに燃え尽きる直前の命の煌めきのようなその光景のインパクトは強烈だった(YouTubeでみつけた該当の映像)。
 いつもながら長い前振りで恐縮だが、この漫画の、特に佳境における戦いには、上述の極限空間的なものを感じてならない。そこで描かれているのは紛れもない戦いの現実的描写である。にも関わらず、コマの割り方や剣戟とは無関係に挿入される事物のカットが、修羅道の物凄さと無常の寂しさを同時に描き得ており、そら恐ろしいような、しかし安らぐような不可思議な印象を覚えるのだ。
 1巻の表紙や冒頭からだけでは、コミカルなのかシリアスなのか図りかねるとは思うが、これは剣に生きる者、というよりは人を斬ることに魅入られた者の苦悩を『るろうに剣心』(第35夜)以上の純度で描いた峻烈な漫画だ。この点だけで既に名作と云っていい完成度である。

江戸期と夢想のただ中で
 この漫画における剣戟が“現実を描写することによる幻想”ならば、直接的に夢と地続きなのが平時である。絵巻物のような浮世絵のような画風で描かれる日常は、容易に夢想と親和する(余談だが、人物が横向きの際にヒラメやカレイのように片目が顔の輪郭から飛び出すこの描かれ方には、ピカソ達が創始したキュビスムを連想するのは自分だけだろうか)。
 そこには、宗一郎と楊弓場の遊女お勝の故郷である信濃国の“お山”の風景が広がり、泰平の世に倦む御輿大三朗が焦がれる戦国の戦場があり、人斬り木久地の荒んだ心象が垣間見える。更には宗一郎の愛刀「國房」は、片目を鍔で覆った妙齢の女性の姿で立ち現れ、竹光を腰に差し修羅道から距離を置こうとする宗一郎を、心配半ば、意地悪半ばのような態度で見守っている。
 こうした幻想と、丹念に描かれる江戸の街の日常が渾然一体となり心地よい。凄惨な斬り合いも、泰平な江戸の街も、その中で息づく人や犬猫や草花すらも、作者は一様に画稿に描き出す。でありながらも物語は、宗一郎と、あたかも彼の二重影のように暗躍する木久地の対決に収斂していく。
 これら諸々の要素を澱みなく語るその手並みは、やはり尋常ではないだろう。大団円まで一息に、その構成美を読み通されたい。

*書誌情報*
☆通常版…A5判(21 x 14.8cm)、全8巻。電子書籍化済。
☆文庫版…文庫判(15 x 10.6cm)、全4巻。電子書籍化済。

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