第169夜 誰かに何かを伝える、全ての人に…『マンガで読む「分かりやすい表現」の技術』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第169夜 誰かに何かを伝える、全ての人に…『マンガで読む「分かりやすい表現」の技術

      2014/04/21

「ばあちゃん/私 このチャンスに懸けてみようと思います/このリーフレットをちゃんと作り上げることができたら私/私はここにいられるんじゃないかって思うんです」


マンガで読む 「分かりやすい表現」の技術 (ブルーバックス)

『マンガで読む「分かりやすい表現」の技術』藤沢晃治 原案、カノウ 漫画、銀杏社 構成、講談社ブルーバックス(2011年10月)

 恵比寿のデザイン事務所に就職が決まり(ゼミの教授にねじ込まれただけだけど)、上京してきた社会人1年生の桜野リオ(さくらの・――)。分かりにくい案内に翻弄された末、どうにか恵比寿に着いたリオだったが、思い描いていたバラ色の新社会人生活はあえなく瓦解する。迎えに来た男性社員、岩下薫(いわした・かおる)に連れてこられた梅原デザイン事務所は、オシャレさとは正反対の、さびれた雑居ビルの零細事務所だったのだ。
 入社式兼オリエンテーションでは散々な成績に終わり、雑用三昧の果てにやっと仰せつかったデザイン課題でも結果を出せず、落ち込むリオ。しかし、仕事はここからが本番。「この事務所に必要な人材」と云ってくれた所長の期待に応えるためにも、口は悪いが優秀なデザイナーである薫から助言を引き出し、リオの「分かりやすさ」修行が始まる。
 薫や、事務兼経理を担当するおじさん社員の柴尾(しばお)さん、事務所行きつけの「紅ばら」のママ、近くの八百屋のおばあちゃんといった人達に支えられ、リオの胸には少しだけ自信が湧く。そんな折、大企業からまさかの依頼が転がり込む。しかしそれは、かつて薫が在籍していたカノウ事務所とのコンペを意味していた。
 “おもてなしの心”をもって分かりやすく――。リオたちのプレゼンは実を結ぶか?

本当の“漫画化”
 今ぐらいの時期には、時々ではあるが、いわゆる新社会人と話す機会がある。そんな時に推薦図書として勝手に薦めているのが、この漫画の元となった講談社ブルーバックスの藤沢晃治『「分かりやすい表現」の技術』だ。しかし、読了した人からは「役に立つ」と云われるものの、読み終える人自体が少ないので、ちょっと寂しい思いをしていた。
 そんなところへブルーバックスの「マンガで読む」シリーズが立ち上がって、その第1弾として本書が発売されたのを知り、若干驚きつつ手に取ったのを憶えている。主に自然科学の話題について入門的なラインアップを刊行してきたブルーバックスは、以前から作画に鈴木みそを起用した『マンガ 化学式に強くなる』など、漫画表現での刊行を模索してきたが、本作を皮切りに改めて力を入れた格好だ。
 星と宇宙をテーマにした『星世界たんけん』(第54夜)など、対象が明確な領域ならいざしらず、こうしたノウハウについて漫画を描くとなると困難が付きまとう。ともすれば単に漫画的な絵が付いただけの無味乾燥な内容になってしまうことが懸念されるのだ。しかし、無理に原本の全ての要素をカバーしようとせず(それでも最大限活かして)、デザイン事務所を舞台としたストーリーを主体にした構成は、そうした心配を杞憂に終わらせている。舞台設定により、デザインについて解説したものと誤解されるリスクは生じてしまったものの(デザインの技法と「分かりやすい表現」の技法は重なる部分はあっても、あくまで別である)、面白く読みつつノウハウを培えるという、まさしく本当の意味で“漫画化”と云える作品だろう。

今日は自分のその手で
 それでは、肝心の漫画の内容についてはどうだろうか。もちろん、原本(原案)が存在する以上、普通の漫画のように無制約な展開ができるわけではない。ストーリーとしては極力シンプルにせざるを得ないだろう。しかし、丁寧に行われた場合、それは決して欠点ではないと思う。
 東京での暮らしに憧れを抱えつつ上京してきたリオは、お気楽で素直な主人公として魅力的だし、コンビを組む形になる先輩社員の薫も、不器用ながら信念をもって仕事に臨む姿勢がいい。常に丁寧語の梅原所長や好々爺然とした柴尾さんといった脇役もあいまって、小さくともそこそこ仕事があって和気藹々とした、梅原デザイン事務所のような職場もいいな、という幻想も抱かせてくれる。
 そして、そんな面々に囲まれて、右も左も分からなかったリオが初めて1人で仕事に取組み、それまで知ったことを活かして成功する場面こそが、この漫画の何よりの見せ場だ。「昨日までなかったもの・できなかったことを、今日は自分のその手で実現する」ということが、仕事なんだと自分は思っているのだが、それを改めて示されたような気がして、自分は自らの最近の仕事ぶりを顧みたりもした。
 仕事やプライベートで、誰かに何かを伝えなければならない人(理系も文系も関係なく、それは恐らくほとんど全ての人ではないだろうか)へ。「仕事とは?」と考え込んでいる人へ。浅からぬ示唆を与えてくれる漫画である。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.9 x 11.6cm)、全1巻。

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