第155夜 親愛と憎悪、その全てで向き合おう…『含羞(はじらひ)−−我が友 中原中也−−』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第155夜 親愛と憎悪、その全てで向き合おう…『含羞(はじらひ)−−我が友 中原中也−−

      2014/03/13

「小林ィ」「はっ はい」「おまえ“幸福”ってやつを知ってるかい」「“幸福”……ですか」「ああ そうだ/おまえが文章を書くのも/おれが詩をうたうのも/心の底で幸福をさがしているからなんだよ/あくせく働くのも/旅に出るのも/悩んだり/笑ったり/人生について考えたり/悲しみにうちひしがれるのも/心の奥で幸福を求めているからなんだ」


含羞(はじらひ) 1―我が友中原中也 (モーニングKC)

『含羞(はじらひ)−−我が友 中原中也−−』曽根富美子 作、講談社『コミックモーニング』掲載(1989年7月~1990年7月)

 大正14年4月。18歳の中原中也(なかはら・ちゅうや)は、杉並の馬橋に23歳の帝大生、小林秀雄(こばやし・ひでお)を訪ねた。会うなり議論をふっかけられ、目を白黒させる秀雄。しかし同時に、詩作にかける中也の鬼気迫る姿勢に触れ、強く心惹かれるのだった。
 批評と詩。正反対の資質に恵まれた2人の関係は、ともに酒を飲むことと、挑発する中也に精神を削られる秀雄という形で続いていく。
 中也と同棲するやす子をめぐる波乱、戦争の足音、それぞれの結婚。時は移り行き、秀雄は気鋭の評論家として認められ、中也は詩と生活のただ中に疲弊していく。既に中也に残されたものは、あまりに乏しかった。万感をもって中也に対する秀雄の心に、いま去来するものは何か−−。

言及の空白を突く
 つい昨日(2014.2.28)、最終第100巻が刊行された室山まゆみ『あさりちゃん』の確か60巻の中に、「けふ一日(ひとひ)また金の風 大きい風には銀の鈴 けふ一日また金の風……」という中原中也の詩が出てくるエピソードがある。この「早春の風」が自分にとって初めてしっかりと接した中原中也の詩だったわけだが、当時はただ詩の綺麗さから、「きっと繊細で優しい詩人だったに違いない」と漠然と思ったものだった。
 そのうち中原中也の人物を詳しく知るに至り、繊細というところはともかく、“優しい”という辺りはどうも違うようだと感じるようになった。その“優しくない”中原中也を、この漫画では存分に味わうことができる。誰彼かまわず芸術論を挑み、己の考えに沿わなければ完膚なきまで叩き潰し、時には腕力にうったえることすらあったと伝えられる、あの中原中也の姿を、である。
 文士の評伝ものとしては他に『坊ちゃんの時代』(第22夜)に始まる一連のシリーズが有名と思われるが、『坊ちゃんの時代』が明治期における文化人の群像劇であるのに対し、本作は中也と、『考へるヒント』などで知られる批評家、小林秀雄の関係に主眼を置いたものとなっている。
 その2人を描き出す上で大きなウエイトを占めると云えるのが、中原と同棲する長谷川泰子と、2人との関係だろう。3人の関係の顛末は、当事者である長谷川泰子を含む多くの人物が言及している事実であるが、中原、小林による述懐は限定的だ。その言及の空白とも云うべき部分に、この漫画は切り込み、ひり付くような情念と懊悩のドラマを現出させている。『坊ちゃんの時代』と同じく、「あり得たこと」として紡がれる各人のモノローグには引き込まれる。

呪いのような、ロマンス
 ただし、これは泰子と2人の関係性の一部始終を描いて良しとするような、甘い漫画ではない。彼女は中原と小林を描くための添え物に過ぎないのだ。男女の恋情を凌駕するほどに、彼ら2人の関係は濃密だ。
 2人の間柄は、一種のロマンスとして描かれている。それは今日でいうボーイズラブ的な側面もないわけではないが、より全面的なものなのだ。そこには、嫉妬や憎悪があり、怒りがあり憧れがあり、それら全てを融合させてしまう深い友愛がある。
 あまりにも固く結ばれ過ぎた友情や愛とは、一歩間違えば呪いと同義になると自分は考えているのだが、この漫画で示される2人の関係は、まさにその呪い一歩手前の、息苦しくも熱く清々しい繋がりである。
 基本的には90年代の女性漫画の絵柄で、時にはギャグタッチなシーンも差し挟まれはするものの、互いへの感情、それに付随する詩作や評論と実生活、自己への内省にのたうち回る彼らの姿は、まさに「鬼気迫る」という言葉が相応しい。特に後半、中原がおどけたようにして見せるピエロのようなデフォルメされた表情には、鳥肌が立つような凄絶さを自分は感じた。
 そんな凄まじさを、幾つか引用される中原の詩が引き立てる。可能ならば、詩集も傍らに置いて読まれたい作品だ。

*書誌情報*
 入手困難である。古書店やオークションではプレミアがついている場合が多い。復刊ドットコム(http://www.fukkan.com/vote.php3?no=3733)でリクエスト受付中。
☆通常版…B6判(18.4 x 13.2cm)、全2巻。絶版。

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