第140夜 ただ走れ! 働く人と自分のために…『ダンダリン一〇一』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第140夜 ただ走れ! 働く人と自分のために…『ダンダリン一〇一

      2014/01/22

「ん…そろそろ逮捕の執行に向かうぞ!!」「!!」「警察では被疑者逮捕の手柄は手錠をかけた者のものだそうだ/ここは段田さんに譲ろう」「本当ですか!?」「え!?/段田はこれでも女ですで!?/万一被疑者から凶悪な抵抗を受けたら…」「凶悪な抵抗を受けたらなんなんですか?/私は…/監督官です」


ダンダリン一〇一 (モーニングKC)

『ダンダリン一〇一』とんたにたかし 原作/鈴木マサカズ 作画、講談社『モーニング』掲載(2010年1月~7月)

 労働基準法第百一条。“労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる”――。
 広島県の芸南労働基準監督署の土手山郁夫(どてやま・いくお)は、一見ぐうたらなオッサン労働基準監督官。しかし、あくどい経営者には、事なかれ主義の署長の制止も意に介さず追い込みをかける情熱をもっている。
 そんな芸南署に新たに着任した妙齢の女性労働基準監督官、段田凛(だんだ・りん)は、駆け出しながら土手山のさらに上を行く熱血監督官だった。
 通常業務に加え、自らの出会った人たちが抱える様々な事案にも首を突っ込む凛。賃金不払い、パワハラ、名ばかり管理職、セクハラ、労災――。労基署の管轄か微妙なことまで、行政や警察を動かし、夜討ち朝駆けで大奮闘する。
 全ては、労働者のため。凛のひたむきさは、土手山を始め芸南署の監督官たちの気持ちを動かしていく。が、何のためにそんなに頑張るのか、凛自身にもよく分かっていないようなのだった…。がむしゃらにひたすらに、凛の戦いは続く。

ブラック企業を駆逐せよ
 実は、会社勤め2年目にして労基署――労働基準監督署に相談に行ったことがある。勤めていた会社の社長が理不尽なことを云う上に残業代も出ていなかったことが不満だったからなのだが、労基署で対応してくれた人(恐らくは監督官)は「よく社長と話し合って」と云うばかりで、特に事態が好転することもなかった。
 今にして思えば、自分の会社の労働基準法違反の程度が軽い方で、世の中にはもっとひどい、いわゆるブラック企業が存在し、人的資源の限られている労基署はそういう会社に優先的に対応しているからだったのだと分かるが、当時は納得がいかなかった(今も完全には納得いかないけど)。もしもその時、段田凛が自分の担当についたら、胸のすく大立ち回りをしてくれただろうか。
 労働基準法違反について被疑者の逮捕権も有する労働法規の専門家、労働基準監督官を主役に据えた本作は、昨年ドラマ化もされたことから相応の知名度があると思う。彼女たちの台詞を追ううち、被雇用者や経営者として有用な知識をさらうことができる辺りは、同じ原作者(とんたに氏=田島隆氏である)による司法書士を題材とした『カバチタレ!』シリーズとも似通う構成だ。ちなみに広島が舞台なのも同様なので、多少ガラの悪い土手山や、ブチ切れた凛や経営者たちによる威勢のいい広島弁の応酬が繰り広げられたりもする。
 逮捕権があるとはいえ、警察官とは違う凛たちには、上司や警察など有象無象の障害が立ち塞がる。それを乗り越えたり、いなしたり、時には頭を下げて、悪徳経営者を追いつめる様は瞬発力とスピード感に溢れて痛快だ。表紙絵のように、眉を釣り上げて颯爽と処分を言い渡す凛の表情はまさに凛然たるもので格好いいが、それだけにオフの時の緩んだ表情の魅力が増しているようにも思う。

熱血と素顔
 ただ“労働者を守る”というだけでは勧善懲悪になるのだが、その一方で経営者側の事情にもそれなりの目配りがされている。その上でなお、凛たちが労働者を守ることに血道を上げることでドラマに厚みが加わるのだが、すごいのは、そうまでして頑張る凛の動機が、どうも単なる勢いらしい、ということだ。現代的な創作の常套手段としては、凛が“何故そうまでこの仕事に入れ込むのか”を説明する要素(例えば、凛の父が経営者で過去に苦い経験をしている、とか)を入れるところだと思うが、作品を読む限り彼女にはそれがない。しかし、それが自分にはマイナスに感じられなかった。単なる熱血バカとして凛が描かれているが故の疾走感は、シビアな題材を扱う本作に、さっぱりとた読後感を与えてくれるのだ。
 そして、忘れてはならないのが、監督官もまた労働者であるということだ。労働者を守ることを自らの誇りとして闘いながらも、一方では、やはりそれを生活のための仕事として捉え、家に帰れば悪態の一つもつくという、当然といえば当然のことを描き出すことで、労働問題という堅苦しいテーマの横に、安野モヨコ『働きマン』のような“働くことって何だ?”という素朴なテーマが重ねられている辺りが心憎い。
 残念ながら全1巻という短さではある(テーマがテーマだけに、どこぞから圧力でもかかったのかと邪推してしまう)が、瞬発力溢れる娯楽作品として、労働問題を知る手引きとして、そして働くということについて考えるよすがとして、と3通りの味わい方のできる佳品だ。

*書誌情報*
 通常版のみ。
☆通常版…B6判(18 x 13cm)、全1巻。電子書籍化済。

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