漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第130夜 路地裏の泥臭き死闘と不良達の純粋さ…『ホーリーランド

      2013/12/18

「はっきり言う/今のままじゃあオマエはもう通用しねえ!!!」「それでも…/それでも僕は街にいたい!/今戻ったら−−−/今戻ったら僕は一生−−−−/あそこから出られない気がする」


ホーリーランド 1 (ジェッツコミックス)

『ホーリーランド』森恒二 作、白泉社『ヤングアニマル』掲載(2000年10月~2008年6月)

 東京、下北沢(しもきたざわ)界隈。この盛り場を闊歩する不良たちの間で、とある噂話が囁かれていた。“不良(ヤンキー)狩り”。このところ、ボクシングのワン・ツーを駆使し、喧嘩自慢の不良たちを血祭りに上げていく存在がいるというのだ。色めき立つ路上の不良たちは、“不良狩り”を探し始める。
 高校1年生の神代ユウ(かみしろ・――)は、華奢な体つきと気弱な性格から、中学時代はいじめを受けて不登校だった。高校生になった今も、街を歩けば不良に絡まれる。ただ違うのは、今は彼が無力ではないことだ。
 連れ込まれたトイレで左右の拳を一閃し、ユウは相手を這いつくばらせる。追いつめられた彼が、逃避行動として反復した孤独な修練。それはユウの格闘センスを目覚めさせ、結果として“不良狩り”の噂を生みだすこととなったのだ。
 ジムにも道場にも通ったことのないユウのいびつな格闘術は、それでも腕に憶えのある男たちを路上の戦いへと掻き立てる。そんなユウに、ボクシングを基本とした格闘スタイルで“路上のカリスマ”と呼ばれる伊沢マサキ(いざわ・――)は接近する。それは、挫折に苦悩し、路上の戦いに何かを見出そうと足掻いた、かつてのマサキを、ユウの中に見た故のことだったのかもしれない。
 ボクシング、レスリング、柔道、空手、剣道、我流喧嘩術、キックボクシング、拳法、総合格闘技――。不良たちの怨恨により、あるいは相手の個人的興味から、さまざまな使い手と路上での闘いを繰り広げるユウ。多くの傷を負い、自らも暴力の魔力に心を軋ませながらも、彼は街に居ることを止そうとしない。なぜならば、学校にも家庭にも居場所の無かった彼にとって、そこでの闘いこそが、仲間を、敵を、自らが生きている実感を感じられる、唯一無二の聖域なのだから――。

路上の強さ
 自分が古流武術を習っていたことは幾度か書いた(第68夜第80夜)が、その際、剣術と一緒に柔術も少しばかり教わり、友人の空手使いと模擬戦くらいはしたことがある。感想だけ云うと「できればもうやりたくない」というのが本音だが、この漫画の作者は、自分の10倍は痛い経験をしていそうだ(同時に、更にその倍は他人に痛い思いをさせていそうでもある)。なぜなら、本作のモチーフになったのは、作者が10代の頃に「よくケンカしたり街をフラついていた頃」のことだからだ。ちなみにそれを漫画化するようアドバイスしたのは『ベルセルク』の作者である三浦健太郎で、2人は高校時代からの親友だという(高校時代は親交はなかったそうだが『セスタス』(第59夜)の技来氏も作者の高校の同窓生だという。なんという黄金世代だろう!)。
 そういうわけで、この漫画での技の数々や、随所に挟み込まれるナレーションは作者の実体験に即したものである。実際に路上での闘いを経て培われた注釈の数々は、当然、リアルこの上ない。もちろん、そのことは「この漫画を読めば強くなる」というような安直な煽り文句には繋がらないが(作者は「術者の体格によって、使える技は大きく異なるのでは」とも語っている)、格闘漫画としての説得力を裏打ちしているのは明らかだ。そうしたバックボーンがあったればこそ、電柱や金網に囲まれ、アスファルトとコンクリートで固められた路地裏での、限りなくノールールに近い死闘の息遣いが鮮烈に浮かび上がってくるというものだ。

弱く、未熟な日々
 そんな路上格闘の描写の凄さは、『失踪日記』(第31夜)の後日譚的作品『うつうつひでお日記』で、格闘技ファンでもある吾妻ひでおが「すげえ! こういうの読みたかった!!」と涙を流して絶叫していることからも分かるのだが、こうした点は、この漫画が云わんとすることの反面でしかないだろう。
 この漫画の非凡さは、強さを競う不良たちの弱さ、未熟さをも同時に描いているところだと思う。路上での格闘を繰り返す彼らは確かに強い。しかし、読み進むうちに垣間見えてくる、彼らがそこ(路上)へ至った経緯は、いずれも前向きなものとは云い難い。
 日常への鬱屈を抱え、だから路上という非日常と、そこでの敵意と友情の表裏一体にすがる様子は、彼らの見た目に反してひどく真摯だ。と同時に、ひたすら強さを信奉しながらも相手を傷つけることに慄き、公権力が介入すれば下される処分に怯える姿には、「少年」という字義通りの無邪気さといたいけさをも感じる。物理的な強さと精神的な弱さが同居した彼らの危うさ自体が、この漫画のもう一つの魅力ではないだろうか。
 やがて、界隈でシマの取り合いにしのぎを削る不良たちも、学生でなくなるときを迎え、少しずつ路上から社会へと組み込まれていくだろう。解釈が分かれるラストではあるが、ほろ苦くも澄み切った読後感は誰にも共通のものと思う。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全18巻。電子書籍化済。
☆コンビニ版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全7巻。絶版。

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