漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第125夜 大人の夢は大きいのだ…『俺はまだ本気だしてないだけ

      2013/12/07

「親父よ…イヤ、お父さん…/七転び八起きって知ってる?」「起きれてねーよ!」


俺はまだ本気出してないだけ 1 (IKKI COMICS)

『俺はまだ本気だしてないだけ』青野春秋 作、小学館『月刊IKKI』掲載(2006年1月~2012年7月、番外編2013年1〜5月)

 なりゆきで就職し、なんとなく15年勤めてきたバツイチの会社員、大黒シズオ(おおぐろ・−−)は、ある日とつぜん会社を辞める。
 一緒に暮らしている父の志郎(しろう)には怒られるし泣かれるし、一人娘の鈴子(すずこ)は諦めの境地(?)。自分自身でも何をやりたいのか分からず燻っていたところ、たまたま読んでいた漫画雑誌の募集記事に目が止まり、シズオは漫画家を目指すことにする。
 漫画なんてまったく描いたことがない40歳のおじさんは、それでもハンバーガー屋でバイト(あだ名は「店長」)をしつつ、せっせと出版社に原稿持ち込みを開始したのだった。
 父も娘も旧友も、バイト先や持ち込み先で出会う人達も、皆どこかで自分の何かを傷つけている…。が、シズオはシズオのペースで、漫画を書き、お気楽に構え、時々は落ち込んだりして生きていくのだ。

大人の要件
 ニュースなどを見ていると、50代60代で亡くなる人も結構いる。人生80年という言葉もあるけれど、あまりアテにならないのかもしれないと最近思う。
 「死神が遥か向こうにいて、野球のピッチャーくらいのスピードで自分に“死”を投げてくる。年をとるごとに死神との距離が狭まって、いつか“死”が命中する仕組みになっている気がする」というのは年上の知人の言葉だが、ともかく、若さを売りにするのが苦しい年齢になって、自分の後半生について考え始めるのは当然なのかもしれない。
 要所要所で人物の頭上に年齢が括弧付きで示されるこの漫画も、上のような発想と無縁ではないのだろう。この演出によって、バイト先や投稿した出版社で年下に色々言われているのが一目瞭然になってしまっているシズオだが、それでも大概は身につまされない。それだけでなく、父親に呆れられ、あまつさえ後ろ暗い場所で一人娘とばったり会ってしまっても、相応に落ち込むものの、最終的には自分のやりたいように生きている。
 そんなシズオをダメ人間と捉えるのは簡単だ。しかし、本当にそれだけだろうか。社会をドロップアウトし、付け焼き刃的に漫画を描き始める彼が、一面でダメなのは確かだ。が、しがらみに捉われずに自らの可能性を真っ直ぐに信じられる姿勢に、強さを感じるのは自分だけだろうか(会社勤めと漫画家を目指すのと、楽なのはどっちだろう?)。年下に馬鹿にされても怒らず、朗らかに笑いかける彼は、ある意味では理想的な大人とも云えるのではないだろうか。

傍若無人の救い
 そういう主人公のせいで、全体的にお気楽な雰囲気の漂う漫画ではあるが、個々の人生に降り掛かっている出来事はそれなりにヘビーだ。詳述はしないが、死神の話とはまた別の知人は、自身の経験ともつながるところがあって読み進むのが辛かったと云う。それだけの現実的で残酷な出来事を描いた側面を、本作は併せ持っている。
 シズオの遅咲き漫画家立志伝の傍らで、そうした辛い経験を重ねた人との関係が描かれていくわけだが、作者はステレオタイプな“再生のストーリー”なんて偉そうなことは描かない。シズオに「大丈夫」と背中を押させることすらしない。ただシズオは隣にいて、「お前がダメだと俺が困る」という自分勝手なスタイルでいるだけだ。しかし、結果的にそれが救いになる。
 シズオのそんな傍若無人さを救いに変えているのは、恐らくは相対した人の優しさなのだろう。不思議と云えば不思議なメカニズムだが、それを素直に頷けるように描けているのが、この漫画の真骨頂と思う。

*書誌情報*
☆通常版のみ…B6判(18.2 x 13.2cm)、全5巻(+番外編1)。電子書籍化済。

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