第121夜 舞台で融け合う笑いと真剣のエチュード…『犬神もっこす』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第121夜 舞台で融け合う笑いと真剣のエチュード…『犬神もっこす

      2014/04/21

「…1か0かなんですね/でも/その間にも割り切れない多くの感情が広がっているって思いませんか/1と0の間に広がる/感情の豊穣の/海……」


犬神もっこす(3) (モーニングKC)

『犬神もっこす』西餅 作、講談社『モーニング』掲載(2011年10月~2013年2月)

 幼い頃から喜怒哀楽の感情が表に出ず、学校でもクラスに全く溶け込めなかった青年、犬神宗(いぬがみ・そう)。進学した北方(きたかた)大学ではサークルに所属してみようと一念発起するものの、その無感情と独特な感性で新入生にもかかわらずサークル側に断られまくってしまう。
 このまま大学でもぼっちかと思いきや、ふとしたきっかけで執拗に『ビルマの竪琴』を演じる集団、北方大演劇研究会の面々と知り合い、宗は新人として迎えられる。劇研会長ながら腋毛好きのトラブルメーカー、夏目一葉(なつめ・いちよ)、人当たりはいいが次第にその性癖が露呈してくる狭山猛(さやま・たける)、割と常識人の椛島有吾(かばしま・ゆうご)、本条(ほんじょう)、浮間(うきま)といった面々と共に役者としてのトレーニングに励む宗だったが、いかんせん感情が出てこないため、進歩はいまひとつ。その上、常人離れしたセンスとお金への執着を併せ持つ宗に巻き込まれ、会長の悪ノリもあって舞台はいつもとんでもないカオスとなり、学生課の金田一さんの心が休まることはない。
 そんな彼に興味を持ち、宗が掛け持ちすることになったミステリー研究会に入会する隠れ美人、蔵前沙耶(くらまえ・さや)。彼女が解き明かす、宗の心の奥底には何があるのか。怪しく、それでいてしんみりと、宗が主演する夏公演の千秋楽は、アドリブの応酬へと昇華していく――。

熊本系ギャグの破壊力
 高校時代に演劇に片足を突っ込んだ(第77夜第112夜第118夜参照)とはいえ、その後は特に舞台と縁のない生活をしている。大学生になっても続けた知人も幾人かいるが、自分も同じ道を辿ったらどうなっていただろう、と少し思う。舞台に立つ時の高揚感には、えもいわれぬものがあり、そういう経緯を持つ自分にとって、この漫画はまず美内すずえ『ガラスの仮面』が代表する演劇漫画の一類型として受け取られた。
 …のだが、すぐさまその印象は覆ることとなった。宗や傍迷惑な会長である一葉の、まさに奇想としか云えない思考回路と実行力。そこに突っ込む劇研メンバーや学生課の金田一氏(そんな彼らも決して“常識人”ではないけれど)。これらのやり取りが生み出す、笑いの瞬間最大風速は凄まじく、電車の中での初読はためらわれるレベルである。この爆発的シュールギャグは『すごいよ! マサルさん』(第7夜)を連想する。本作の主な舞台は北九州の小倉だが、宗の実家は熊本で、表題の「もっこす」は純粋なる頑固者を意味する熊本弁「肥後もっこす」から取られているだろうこと、『マサルさん』の舞台も熊本であることを考えると、「“火の国”熊本には何かある」などと変な勘繰りをせざるを得ない。
 熊本といえば、本作では今をときめく熊本県公式PRゆるキャラくまモンを大胆に登場させていることにも驚く。作者の出身地は明かされていないが、作品の舞台も含めて郷土への愛に根ざしたものではなかろうか。

人と舞台の包容力
 それでも、ギャグ要素が本作の一面に過ぎないことは概要にも描いた通りだ。既に序盤からチラチラと、中盤以降はそれなりのウェイトを持って、宗がなぜ無感情であるのか、について焦点が絞られていく。特に興味を持って宗に近づく蔵前の登場以降、その色合いはいよいよ濃さを増すのだ。
 宗のような(誤解を恐れず云えば極端にアスペルガー的性質を有する上にお金にシビアな)人物が実在したら、普通いつまでも相手をしてくれる人(特に女性)など居ないだろう。彼の高校時代が悲しくも現実的な有り様なのだと思う。しかし蔵前や劇研の面々は、度重なる奇行にもめげずに彼を尊重する。そんな若者達の清廉さに、最終話を読んで自分は涙したことを告白しなければなるまい。
 しかし驚嘆すべきは、物語の後半が“単純にシリアスな展開になっていくのではない”ということだ。感涙の最終話に至ってさえ、読者はやっぱり宗の奇行や一葉の暴挙、その他の人物たちの諸々も混淆した様子に吹き出すだろう。その勢いは序盤と何ら変わらない。つまり、シリアスもギャグも並行しているのだ。
 小説や映画が2つ以上の時間を完全に同時には語れないのに対し、演劇は舞台上で複数の役者が同時に別個の出来事を起こしたりする。この並行性を許す包容力が、演劇が他の表現形式に対して持っている大きな優越性だと自分は思うが、本作は、そんな舞台の持っている包容力を漫画で表したとは云えないだろうか。
 その結果、読者には“まさに感動に咽んでいるのに馬鹿笑いもしている”という、極めて他人には見られたくない状態が到来する。やはり普通のギャグ漫画以上に、公共の場所で読むことはお勧めできない。が、観る者に多くの感情を噴出させることが良い作品の条件であるのなら、それをかなりの水準で満たしているとも云えるだろう。深更にこっそりと楽しまれたい。

*書誌情報*
☆通常版のみ…B6判(18.2 x 13cm)、全5巻。電子書籍化済み(11/1現在4巻まで)。

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