第116夜 喜怒哀楽を一緒くたに、画稿に叩きつけろ…『燃えよペン』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第116夜 喜怒哀楽を一緒くたに、画稿に叩きつけろ…『燃えよペン

      2013/10/20

「一、命がけで描け/一、限界を超えて描け/一、夢を見て描け/一、自信をもって描け/一、思い切って描け/一、食うのを忘れて描け/一、よく寝てから描け/一、明日も描け/一、最後まで描け/一、失敗したら新しいのを描け」


燃えよペン (サンデーGXコミックス)

『燃えよペン』島本和彦 作、竹書房『月刊シンバッド』→『YOUNG CLUB』掲載(1990年5月~1991年7月)

 炎尾燃(ほのお・もゆる)は“どこにでもいるありふれた”熱血漫画家だ。今日も自らの城、炎プロダクションで、アシスタントと共に、魂を込めて漫画を描いている。
 その魂の込め方が尋常ではない。主人公がショックを受けるシーンの効果線のためなら自分の宝物を犠牲にし、作画クオリティのためには恋人との別離すらいとわない、そんな炎尾はまさに漫画バカなのだ。
 編集との打ち合わせは戦いだし、厳しいスケジュール進行も戦いだ。熱く、激しく、時に理不尽に。今日もペン先が炎と燃える――。

地続きの熱さ
 漫画を描くことについての漫画というのは、存外多いと思う。古典的には藤子不二雄A『まんが道』だと思うが、その後も土田世紀『編集王』や大場つぐみ・小畑健『バクマン。』というように、漫画家および漫画業界を描いた作品は定期的に登場しているし、これに連なる諸作品は枚挙に暇が無い。主題ではないものの、漫画家のキャラクターが登場する作品まで含めると相当な数になるだろう。
 そうした流れの中にあって、本作を筆頭に、続編『吼えろペン』『新吼えろペン』、前日譚的な『アオイホノオ』といった作品群が登場していることから、本作が大きな位置を占めているのは間違いない。ただし、漫画のノウハウを学ぶ作品と思って読んではいけない。あくまで魂を感じる作品なのだ。
 云っては何だが、漫画を描くこと自体が派手であるわけがない。どちらかというと地味な行為と思う人が大半だと思う。あるいは物語の構成やコマの構図を考えながら進める、理知的な作業と感じる人もいるだろう。しかし、恐らくそれらは一面に過ぎない。漫画家と呼ばれる人々は、もう一方で、作品を生み出すための燃え盛る魂、情熱を携えているはずなのだ。
 この漫画は、その一点に特化しすぎるほどに特化している。他の島本作品では物語の内部のものとして描かれている“熱さ”が、本作では作者と読者の間に横たわる地続きのものとして感じられるのだ。自分には漫画の才能は皆無だが、それでもこうして文章を書いて不特定多数に公開している以上、本作の真摯な熱血ぶりには娯楽以上の意味を感じずにはいられない。

A=非A
 と、格好いいことばかりを書き連ねてしまったが、もちろん格好いい熱血ぶりだけが本作の持ち味ではない。島本作品特有の、無理を通して道理を凹ませる不合理さも当然持ち合わせている。
 漫画に全てを捧げている炎尾のはずだが、エピソードによっては忘年会だのアイドルだのに気をとられてしまうことが、一度ならずある。ただ漫画に心血を注ぐ男であるのならば、これは筋が通らないし、何より、事態の収拾がつかず泣きながら原稿を描く姿は格好悪い。
 「お前はAであってAでない」ということの凄さをシェイクスピアの戯曲が声高に云っている話をどこかで読んだが、まさに炎尾燃は熱血漫画バカであって同時にそうとも云えない二面性を持っていると云える。その振れ幅が、漫画的に描かれたステレオタイプなキャラクターではない、とある漫画家(当然作者のことだ)の肖像を表していると云ったら云い過ぎだろうか。
 いや、やはりそうなのだろう。作中で散々「現実の島本とはまったく関係ない」と否定しているが、某作品のアニメ化に際して主題歌を歌い、実写版では主役を演じてしまう作者であることを考えると説得力はあまりない。炎尾燃の心のブレは、作者の人間的な心の振幅を表しているという解釈は不自然ではないと思う。
 かくて、稀代の熱血漫画家がその表も裏もつぎ込んだ本作は、やはり名作だ。理不尽ながらも熱量に溢れる炎尾の言動に笑いながらも、いつしか読者の心にも炎が灯るはずだ。

*書誌情報*
 現在入手が容易なのはサンデーGXコミックス版(それでも絶版の模様)と思われるが、幻の第2部(1話だけで雑誌が休刊してしまった)が収録されていない(文庫版、コンビニ版には収録されている)。
 また、通常版(竹書房版)には「実在人物躍動編」なる、作者が炎尾に扮して活躍(?)するエピソードが収録されている。つまり最低2つの版に触れないと全編に眼を通すことができない。
☆竹書房版…B6判(17.8 x 12.8cm)、全1巻。絶版。「実在人物躍動編」収録。
☆文庫版…文庫判(14.8 x 10.8cm)、全1巻。第2部併録。絶版。
☆サンデーGXコミックス版…新書判(17.4 x 11.4cm)、全1巻。電子書籍化済み。紙媒体絶版。
☆コンビニ版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全1巻。第2部併録。絶版。

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