第111夜 「今、ここ」から逃げ出したい、全ての人へ…『彼方から』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第111夜 「今、ここ」から逃げ出したい、全ての人へ…『彼方から

      2013/10/05

「なんでこういう事態になったのかわかりませんが/とにかくっ/ぐじぐじしてたって仕方がないと考えましてね/こうしてお世話いただいているのも何かのご縁かと存じますし/この際 腹すえてついていかせていただきたいと決意した次第なわけでして」「………/何を言っているのかわからん」


彼方から 1 (白泉社文庫)

『彼方から』ひかわきょうこ 作、白泉社『LaLa』掲載(1991年9月~2002年10月)

 SF作家の父譲りの空想力なのか、なぜか頻繁に異世界の夢をみる高校2年生の立木典子(たちき・のりこ)。彼女は友人達との下校中に、謎の爆発に巻き込まれる。夢だと思い込んでいた典子が気付いた時には、不思議な樹海の中の金色の苔の上に横たわっていた。困惑する典子に襲い来る巨大な芋虫を、一刀のもとに切り捨て彼女を救ったのは、黒髪の“渡り戦士”、イザーク・キア・タージ。突如としてやってきた異世界のことを何一つ知らず、言葉も通じない典子は、戸惑いながらもノリコとして、イザークと共に旅をすることになる。
 樹海の奥深くにイザークがやってきた理由、それは、世界に闇をもたらすと云われる「天上鬼」を覚醒させる「目覚め」の降臨を阻止するためだった。ノリコが「目覚め」ならば、いずれ殺さなければならないと覚悟を決めるイザーク。しかし、状況は悠長ではなかった。世界の覇者にならんとする各国から「目覚め」は狙われ、それから逃れるべく2人は旅を続けることとなる。
 旅を続けるうち、言葉を覚え、集ってきた仲間達の目に見えぬ力となっていくノリコ。一方イザークは、自らのうちに眠る底知れぬ力におののく。いつしか強く惹かれ合いながら、2人を中心とした光と闇の戦いは続いていく。

ライトファンタジー
 現実世界の人物が異世界に行ってしまうという、いわゆる異世界転移ものは、古来たくさんの人に好まれてきた物語類型だ。神話や伝説の類は云うに及ばず、自分が見聞きしてきた現代の作品に絞っても、古田足日と田畑精一による絵本『おしいれのぼうけん』や、荻原規子の小説『これは王国のかぎ』、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』(これはやや変則だが)など、特に児童文学よりの作品に類例は多い。アニメでも『魔神英雄伝ワタル』など一連のレッドカンパニーの作品や、『NG騎士ラムネ&40』『天空のエスカフローネ』など枚挙に暇がないし、宮部みゆき『ブレイブストーリー』や小野不由美『十二国記』などは原作の小説ともども広く知られているだろう(純全たる漫画原作は自分の主観としては意外と少なく、CLAMP『魔法騎士レイアース』や渡瀬悠宇『ふしぎ遊戯』が挙がる)。
 特に一時期(80年代後半から~90年代だと思う)、こんなにも異世界転移ものが流行したのには理由がありそうだが、いまのところ自分には確たる背景を見出せていない。ただ、こうした異世界には主人公が成長するための通過儀礼的な意味があり、それが当時の空気とマッチしたのではないかと思っている。
 前置きが長くなってしまったが、この漫画もまた、そんな90年代の異世界転移ものの一角を担う1作である。自分は中学生の一時、膝を傷めてあまり明るくない毎日を過ごしていたが、その時に初めて手に取った本作は、鬱屈した自分を幻想世界へと連れ出してくれた。
 なにより主人公ノリコの明るさ、前向きさと人の良さがいい。少女漫画らしく優美だが良い意味でどこかスキのある画風と共に、このヒロイン像は“いきなり異世界にやってきて、しかも色々な人に追われる”という展開の不安感を軽減し、作品に優しげな雰囲気を与えてくれている。殺伐としたダークファンタジーもよいが、本作はその対極にあるような、ライトファンタジーと云える作品だ。

すべきこと
 同時にこの漫画は、当初は言葉が通じずノリコとイザークの意志疎通が不能だったり、時にはお金がなくなって旅が続けられなくなるという、ある意味で夢のない異世界物語でもある。“異世界でも、自分がすべきことをしなければならないことに変わりはない”という教訓めいたことを、嫌味ではなくリアリティとして描けたところに非凡さを感じる。
 このことはまた、作品全体に通底するテーマに関わっている。作中で目につくのは、自分の本質(何を以って今のような人となりになっているのか、ということ)から目をそらし、眼前の敵や困難に逃げる(敢えて“逃げる”と云う。それは立ち向かうこととは明確に違う)存在達だ。こうした人物像はキャラクターを変えシチュエーションを変え、終盤まで幾度も登場する。そして、この逃避に気付き、自己に向き合うことで自分を取り戻すことこそが、この漫画の本質的なテーマであると云えよう。
 ノリコとイザークは、いつしか離れていてもお互いの心が分かりあえるようになるが、この力によって2人のモノローグが溶け合い、対話でも独白でもない言葉の響き合いとともに、イザークが己の力を深化させていく過程は象徴的だ。“自分が今本当にすべきこと”を皆に示唆するという意味ではノリコは確かに「目覚め」だし、それによって自らの過去を克服するイザークこそが、このファンタジー物語の真の主人公とも云える。
 以上のような、登場人物についての(恐らく作者自身の意識をも抉るような)省察と、当然ファンタジー少女漫画として要求されるロマンスと活劇を立体的に組み上げることは、作者にとって想像以上の負担だったに違いない。作者の度重なる体調不良による休載も、そのことと無縁ではないだろう。
 そんな苦節の賜物だろう。単純な冒険譚として、風変わりな恋物語として、本作の魅力は多層的だ。ただ自分は、やはり、老若男女を問わず、現実に疲れた読者を優しく受け入れ、いつしか再び歩き出す力を与えるという、一級のファンタジーとして永く記憶するだろう。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(17.4 x 11.4 cm)、全14巻。絶版。
☆文庫版…文庫判(15 x 10.6cm)、全7巻。電子書籍化済。

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